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  <小道具:扇(おうぎ)について  
 
     
 
  普段洋服で稽古するときも、足袋と扇だけは用意します。
扇は狂言の一番身近で融通のきく道具ですが、意外に取り扱いはとても厳しく躾けられます。厳しくと言ってもチャンバラごっこをしてはいけない、というようなレベルではありません。楽屋の床に放り出しておいたり、その上を跨いで行ったりすると鉄拳が飛んできます。
「昔なら切腹モノや!」
扇は世界中にありますし、多くの舞台芸能に小道具として取り入れられています。その多くは蝶のような扇のキャラクターを生かして翻したり、くるくる回したり。しかし狂言ではそのような用い方をしません。扇本来の使い方である、「啓く」「煽ぐ」ということをしただけもカミナリが落ちました。初めのうちは物珍しくもあり、特に中に描いてある地紙の柄を見たくてついつい啓いてみたくなるのですが「無闇に啓くものではない」と、とても厳しく叱られました。それだけ大事なものです。
 
不審に思われる方も居られるでしょうが、これだけ厳しく躾けられる理由のひとつには、扇を単なる装飾品や舞台上の小道具としてではなく、刀の代わりとみなすことが挙げられます。往時は刀を跨ぐと、その刀で切腹を強いられることもあったといいます。
もちろん舞台の上では頻繁に啓きますし、一休さんのエピソードでおなじみの狂言「附子」にも盛大あおぐ所作があります。また楽屋の中でも、中入りして頭から湯気を立てている演者に涼を送る等ということも、ないではないのですが、自分や他人が差している扇に敬意が払えないうちに、扇とただの道具として興味本位で弄ぶことは厳禁でした。
そんなわけで、上の写真は子供の時に本番用として使っていた二本ですが、要はとてもきついままです。ほとんど啓く機会がなかったからでしょう。
 
 
 
 
 
     
 
  私が普段使っている扇です。役の種類によって金地と銀地を使い分けます。
本来ならば、曲の趣と、扮する役のキャラクターによって、手持ちの扇から最適なものを選び出すのが本来ですが、この二本はオールマイティな柄のため大抵の役はまかなえてしまいます。
 
 
 
 
 
     
 
 

能「八島」の劇中に、平家物語の「扇の的」の一段をほぼそのまま語る「那須」専用の扇です。
「八島」の能に特殊演出が付いたときに限り演じる替えの演出で、座ったまま所作を交えて、キャラクターを語り分けていきます。演じるにあたって免許の要る演目で、十八歳で初演するにあたって、扇屋さんに依頼して誂えたものです。これと同じものを、一族の人や、当日楽屋で一緒になった人に配りました。これは狂言だけではなく、能楽界の習慣で、修行過程の節目にあたる曲を初演するとき(これを披くといいます)、当日自分の使用するものと同じ柄の扇を世話になった人や当日の共演者に贈って挨拶をします。両方ともヒラキますから、ちょっとした駄洒落、コトバ遊びですね。

【いずれも 製扇 十松屋福井】